未だ見に行っていませんが「SLばんえつ物語」号で脚光を浴びている磐越西線非電化区間の往時の様子です。蒸機現役時代には間に合いませんでしたが、DD51と旧型客車の時代に2回撮影に行きました。その前に一度通しで客車列車に乗車して通過した時の車窓風景の素晴らしさに感銘した覚えがあります。「SLばんえつ物語」も旧型客車でマーク無しで運転してくれれば素晴らしいと思うのですが。
1979年12月中旬、1981年7月中旬撮影
2003年3月15日製作

電車夜行急行「ばんだい」で会津若松から現地入りしました。ようやく明るくなった7時過ぎ鹿瀬で気動車を下車し交換の224列車を写しました。正面白帯の位置が以後の量産型と異なる1次量産型の16号機です。構内の植木も冬支度が終わっています。鹿瀬駅 

昭和54年12月中旬撮影

日出谷折り返しの1222列車は客車3両の短編成でした。2次量産型の38号機です。正面白帯位置が一般的なものとなっています。この日は冷たい雨となってしまい、残念ながら早々に引き上げることとなりました。鹿瀬、日出谷間

昭和54年12月中旬撮影

昼前の228D乗車の際、交換の下り貨物列車が通過する様子を捉えました。今となっては貴重な情景となりました。鹿瀬

昭和54年12月中旬撮影

2年後の夏、今度は車で撮影に行きました。前回は雨で撮りのがした鹿瀬、日出谷間の鉄橋に真っ先に向かい客車列車を撮影しました。225列車と思います。九州からの転属車でしょうか、正面白帯がありません。鹿瀬、日出谷間

昭和56年7月中旬撮影

同じ場所での上り貨物列車です。この頃になると編成中の黒い貨車の割合がかなり低くなっています。前世代の貨物列車の終焉近い姿と言えます。鹿瀬、日出谷間

昭和56年7月中旬撮影

仙台発新津行き急行「あがの2号」がやって来ました。夏に窓を開けて亜幹線を走る気動車急行、乗車したときの匂い、風、音などがよみがえってきます。鹿瀬、日出谷間

昭和56年7月中旬撮影

227列車と思います。勾配を登り鉄橋に向かうところです。2年前と違いDD51は全て重連形の500番台となっており、初期形は淘汰されたようでした。鹿瀬、日出谷間

昭和56年7月中旬撮影

車を少し走らせ阿賀野川を画面に入れられる場所を探しました。豊実、徳沢間だと思いますが記録していないので不確実です。上り貨物列車を撮影しました。

昭和56年7月中旬撮影