中学1年の終わりと同時に8年間住んだ北九州から愛知に転居、その1年後中学2年の終わりの春休みに北九州の友人宅を訪ねて撮り歩いた時の写真です。機材はマミヤ6とオリンパスペン、どちらもシャッタースピードが遅く走行写真には向きませんが、中学生では有る物を使うしか選択の余地はありません。この時の反省から、鉄道写真に必要なカメラの機能を理解するとともに、来たものをとにかく写していたのを止めて考えてから写すようになりました。
1969年3月26日、27日撮影
2011年7月3日製作

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小倉から日田彦山線に乗り伊田へ向かう途中、香原駅で入換作業中のC11を車窓から捉えました。香原駅

昭和44年3月26日撮影

乗換の伊田駅で写した待機中の9600です。北九州を離れた1年の間に貨車には無様な黄帯が巻かれてしまいました。伊田

昭和44年3月26日撮影

目的地筑前垣生で撮影開始。複雑な経路で門司港から久大本線豊後森まで行く下り急行「はんだ」です。修学旅行用800番台を使用しています。筑前垣生、筑前植木間

昭和44年3月26日撮影

D6022号の牽く上りセメント列車です。4両残ったD50よりも姿かたちの良いカマが多く残っていました。筑前垣生、筑前植木間

昭和44年3月26日撮影

筑前垣生を発車して加速するC5546号牽引の下り普通列車です。写真から機番が読めませんが当時の若松のC55はデフの形状で機番が判りました。筑前垣生、筑前植木間

昭和44年3月26日撮影

D6027号機が牽く上り石炭列車です。筑前垣生は通過のため力行を続けています。筑前垣生、筑前植木間

昭和44年3月26日撮影

D51の筑豊本線進出もこの1年間の変化です。筑豊で見るボックス動輪には違和感がありました。下りの空の石炭列車です。筑前垣生、筑前植木間

昭和44年3月26日撮影

D5176は尻内からの転属組。幅灯撤去跡がその証です。上り石炭列車。筑前垣生、筑前植木間

昭和44年3月26日撮影

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