富山地方鉄道は地方の中規模私鉄ですが昔からオリジナルの車両を揃えており、特に昭和30年以降の一連の特急車には惹かれるものがあります。観光、工業などの環境に恵まれたこの地方の底力を感じますが、最近は大手私鉄の中古車を購入するようになったのが残念です。北陸方面へ出掛けると必ず立ち寄りますが、80年代までに撮影した写真をご覧いただきたいと思います。
1973年8月25日、1979年8月中旬、1982年7月下旬撮影
2003年11月2日製作

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大学1年の能登夏合宿への行き掛け、上野からの夜行を富山で降りて市内線を写しましたが、その際に富山駅付近で撮影したものです。元名鉄3800形のこのモハ14710形は青に白帯の塗装に変更されつつあり、旧塗装の最後の頃と思われます。電鉄富山、稲荷町間

昭和48年8月25日撮影

上と同じ場所で反対側を見たところです。昭和11年製のオリジナル車モハ7540形が健在でした。当時の私鉄電車は釣合梁式台車が一般的でしたが、省電のような軸バネ式台車が重厚な印象を与えます。茶色の旧々塗装の最後の頃と思われます。電鉄富山、稲荷町間

昭和48年8月25日撮影

次は6年後、夏休みの北陸巡りで奥までの乗車を果たしました。立山線用に整備されブルーに塗られたモハ14710形が鉄橋を渡り立山駅に到着するところです。本宮、立山間

昭和54年8月中旬撮影

車庫のある稲荷町付近で本線の列車を撮影しました。1両のみのモハ10040形10043号の立山行きローカルです。後ろの3扉車はよく判りません。オレンジの旧塗装ですが、前面が金太郎塗りになっていません。稲荷町、東新庄間

昭和54年8月中旬撮影

モハ14750形の3連ローカルです。この形式はこのあと2灯ライト改造されたりして原形を損ねましたがこのころはまだ1灯ライトでした。同じ貫通形でも前面番号の標記位置が二種類あるようです。稲荷町、東新庄間

昭和54年8月中旬撮影

全く予期せず貨物列車がやって来て撮影することが出来ました。昭和33年東芝製のデキ12020形が5両の国鉄貨車を牽いています。それにしてもこの鉄道は形式の桁数が多すぎます。稲荷町、東新庄間

昭和54年8月中旬撮影

稲荷町にある車庫は外から車両がよく観察できました。上の写真の貨車を置いて入庫したデキ12021号です。稲荷町車庫

昭和54年8月中旬撮影

6年前に写した(2枚目の写真)7541号はオレンジの塗装に変って健在でした。独特な窓から上の傾斜が確認できます。これも金太郎塗りになっていません。稲荷町車庫

昭和54年8月中旬撮影

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