中国東北部吉林省の長春は旧満洲国時代首都が置かれ新京と称されていました。平成8年、「鉄道ファン」誌の記事で大連、鞍山とともに旧満洲国時代の路面電車が残っていることを知って早速訪問しました。96年当時は車両線路とも整備が行き届かず、旅客サービスなどという意識は微塵も見られない社会主義体制ならではの空気を味わうことが出来ました。52,54の2系統が残っており、途中まで同じ線路を走り分岐点で分かれる路線を形成していました。その後の「鉄道ジャーナル」誌などによると、52系統が廃止され系統は一つだけになったようです。残った52系統は専用軌道が多く、車両ともに近代化が進められているようです。昔の雰囲気を残したギリギリのタイミングで訪問できたのは幸運でした。
全て1996年5月2日撮影
2002年5月26日製作

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駅から南の方角へタクシーで10分位、路面電車起点の紅旗街に着きました。写真奥が線路の終端部となります。前日の雨が線路にぬかるみを作っていました。
しばらく南へ向かって道路脇の専用軌道を走ります。ご覧の線路状態なのでスピードはせいぜい30キロ位しか出ず乗り心地も凄まじいものでした。車体外観もご覧の通りで窓ガラスが割れたまま走っているのも珍しくありませんでした。
寛平大路で西へ向きを変え、今度は道路中央のセンターリザベーションを走ります。その区間が終わり路面に出る寛平大橋停留所の様子です。
寛平大橋(奥の高いところ、下は亜細亜号の走った旧満鉄線)を渡って併用軌道区間を走る電車です。このように頻繁にやって来ます。
上の位置から反対側を見たところです。坂の下が二系統が分岐する一站で併用区間では電車本数が多い所ですが自動車交通量は少なく邪魔になる様子はありませんでした。
分岐点一站です。52系統は写真の右に分かれ、54系統はここから再び専用軌道になります。写真に見えるポイントは営業運転では使用されません。左側電柱の看板は停留所標識で、系統番号、停留所名、全停留所名入り路線図などが表示されています。
54系統は更に西へ向かって専用軌道を走りますが、一站から先の区間はコンクリート枕木で状態も良くスピードも出せるようです。
54系統終点の和平大路の様子です。前日の雨でどろどろになっています。折り返し用のポイントが見えます。写真右手は広大な青空市場となっていました。

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