名鉄の600ボルト区間では最近まで残っていた揖斐線谷汲線には度々訪れています。ここにご覧いただく写真の後にも数回訪問していますが、80年代までのものに絞りました。贅沢を言うとキリがありませんが希少な旧型車が走ってた70年代前半にもっと写しておきたかったと思います。写真は場所別に並べましたので時間的には前後しています。
1971年3月14日、1978年1月16日、1979年1月14日、1985年8月撮影
2008年1月27日製作

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有名な1形式1両の連接車モ401号です。単車2両を3個のボギー台車を履かせた改造車です。撮影帰りの忠節駅で捉えました。

昭和46年3月14日撮影

その連接部分です。ドアが連続するので片方は埋めてあります。奥の車両はモ180形のようですが、なぜか写していないのが残念です。忠節

昭和46年3月14日撮影

谷汲からの電車が黒野駅に到着するところです。モ750形はワンマン化されましたがこの後20年以上、廃線まで活躍しました。黒野

昭和46年3月14日撮影

岐阜市内直通の急行電車はこれも有名な卵形モ520とモ510のペアです。当時市内線では単車運転されていたような記憶があります。黒野

昭和46年3月14日撮影

元高松琴平電鉄の小型車モ180形の2連です。401形とともに当時廃車が囁かれていました。後打ちですが写せて幸運でした。黒野

昭和46年3月14日撮影

根尾川の鉄橋を渡る直通急行。赤白塗り分けから赤一色塗りへ変更の過渡期です。この鉄橋は南側に道路橋があり良い光線で撮影が出来ました。政田、下方間

昭和53年1月16日撮影

上と同じ鉄橋の東側から政田方を見たところ。旧塗装で揃った急行電車です。政田、下方間

昭和53年1月16日撮影

丸窓で有名なモ510形の陰で目立たないモ520形ですが台枠の見える短い側板などなかなか魅力的です。この2両は既に赤一色の新塗装です。政田、下方間

昭和53年1月16日撮影

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