高岡軌道線と言っても鉄道線をきる機会の無かった私にとって加越能鉄道と言えばこの路線のことでした。車両的な魅力に乏しく訪問は遅めでしたが、行ってみると沿線に変化があってそれなりに魅力的な路線でした。近代化されて現在まで生き残るとは訪問当時は想像もしませんでした。
1979年8月8日、1982年7月下旬撮影
2011年1月1日製作

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まずは駅前で1枚撮影。新高岡(国鉄駅前)に到着する7050形電車。片原町、新高岡間

昭和54年8月8日撮影

新高岡を発車する電車。背景の国鉄高岡駅も2010年に訪問した時は建て替え工事中でした。片原町、新高岡間

昭和54年8月8日撮影

この時は一気に終点まで乗り、フェリーで対岸に渡りました。終点の越ノ潟で折り返し発車待ちの電車。越ノ潟

昭和54年8月8日撮影

3年後の訪問は車での旅行途中でした。前回に見当を付けていた旧街道上の単線併用軌道区間で撮影しました。この辺りは今も雰囲気は変わりません。新吉久

昭和57年7月下旬撮影

新吉久では列車交換が可能です。後方に交換した電車が見えます。新吉久

昭和57年7月下旬撮影

国鉄貨物線を専用軌道でオーバークロスする電車です。米島口、能町口間

昭和57年7月下旬撮影

広い道路に敷かれた複線区間での撮影です。この辺りの様子は今もあまり変わりません。旭ヶ丘、荻布間

昭和57年7月下旬撮影

この時既に「万葉線」の名称が使用されていました。旭ヶ丘、荻布間

昭和57年7月下旬撮影