軽快な2両編成電車が急勾配を登り降りし、併用軌道もある魅力的な路線でしたが、京都市電などの撮影のついでに立ち寄っただけで、未だに乗車もしていません。京都市内の併用軌道は地下化され、電車も一般の路線と変わらないものになってしまいました。もう少し早く行けばポール集電の姿を記録出来たはずです。
1973年3月、1977年11月撮影
2007年12月8日製作

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2両固定編成に改造された80形です。併用軌道区間で客扱いするのはこの80形だけでした。東山三条付近

昭和48年3月中旬撮影

直通用の電車は本線の特急用と同じ塗装でステップを持たないので併用軌道区間は通過です。東山三条付近

昭和48年3月中旬撮影

国鉄山科駅付近から見下ろした京津線電車です。この車両は扉が片開きです。京阪山科付近

昭和48年3月中旬撮影

上の写真の踏切付近で写した京阪三条行き普通電車の80形です。京阪山科付近

昭和48年3月中旬撮影

本線の1900形特急車と共通するトラディショナルなデザインに好感が持てます。この時はヘッドライトが原形の1灯式でした。横は東海道線の元有名撮影地、背後に天文台も見える憧れの構図です。京阪山科付近

昭和48年3月中旬撮影

以下の写真は終焉迫る京都市電撮影行の時に写したものです。数年の間にヘッドライトが2灯式に近代化されています。東山三条

昭和52年11月中旬撮影

京都市電との平面交差を望んだ場面です。土曜の午後で結構な混雑でした。東山三条

昭和52年11月中旬撮影

古い台車、両開きの扉、開閉式の前面窓などアンバランスな要素が妙にバランスしています。東山三条

昭和52年11月中旬撮影