昭和43年4月から昭和46年3月までの丸3年間、名鉄三河線梅坪駅の近くに住んでいました。家から駅や線路が見えるところに住んだ唯一の経験となっています。その数年後、豊田線の開通とともに三河線との接続駅として高架化され当時を偲ぶ事は出来なくなりました。住んでいた家も区画整理で道路から一新され、場所を特定する事も出来なくなってしまいました。当時走っていた電車はHL車ばかりで変化に乏しかった代わりに、1日2往復くらい設定されていた貨物列車の電気機関車が楽しみでした。梅坪駅は貨物扱いも行っていて、入換作業も見る事が出来ました。
1969年10月、1969年11月、1969年12月、1970年10月、1971年1月、1971年3月撮影
2008年3月20日製作

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篭川鉄橋を渡る知立行き普通電車3730系。当時の三河線列車の代表的な姿です。この車両の姿かたちにはどうにも趣味的興味が湧きませんでした。越戸、梅坪間

昭和44年10月撮影

同じ場所で写した下り貨物列車。運用に入る可能性のある電気機関車は10両程ありましたが、このデキ300形303号を見掛けることが一番多かったようです。梅坪、越戸間

昭和44年10月撮影

この日はこの列車を撮りに出掛けたのでした。足助町香嵐渓の紅葉を楽しむ臨時列車です。終点西中金からはバスが連絡していました。クロスシートの3770系ですが見た目3730系と同じで興味半減です。梅坪、越戸間

昭和44年10月撮影

越戸駅付近で産する珪藻土が主な貨物と聞いていましたが、梅坪駅の貨物は何があったのでしょうか。右手に梅坪駅の貨物ホームが見えます。上り貨物列車のデキ303。梅坪、豊田市間

昭和44年10月撮影

当時造成中だった平芝公園付近の丘の上から俯瞰しました。中央が前の写真の篭川鉄橋、右下安全旗のあるところが梅坪駅です。画面左下に写っていませんが私の家がありました。越戸、梅坪間

昭和44年11月撮影

上の列車、上り知立行き3700系普通列車が梅坪駅に到着するところです。当時はタブレットを使用していました。3700系は3730や3770よりはましなスタイルです。梅坪駅

昭和44年11月撮影

珍しくデキ370形が入りました。最も見るチャンスが少なかった形式です。378号の上り貨物列車が梅坪駅に停車中のところです。梅坪駅

昭和44年12月撮影

暫しの停車後、知立方面へ出発して行きました。この先の数駅でも貨物扱いを行っていたと思います。梅坪、豊田市間

昭和44年12月撮影

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