長野電鉄の写真は2000年9月に一度アップしましたが、今回写真を倍増し大幅に改訂増補しました。前のページは削除しました。

長野電鉄は70年代に3回訪問しています。最初は鉄研木曽合宿帰りの寄り道、2回目は全国的に希少となりつつあったトラス棒付き電車を求めて、3回目は長野市街区間地下化による旧型車全廃を控えてその記録、がそれぞれの目的でした。79年の時は「レールファンフリー乗車券」というのが発売されておりそれを利用しました。2日間乗り放題、撮影地ガイドも付いていました。古くから発売されている長野駅の大型入場券など、この会社のファンサービスは嬉しいですね。しばらく足が遠のいていましたが、先日は旧塗装復活の2000形撮影を楽しみました。運用がホームページで公開されているあたりファンサービス精神健在です。

1974年8月30日、1976年8月2日、1979年4月22日撮影
2007年10月20日製作

写真をクリックすると新規ウィンドウで大きな写真が開きます。

閉じる時はお使いのブラウザーの「閉じる」ボタンをお使い下さい。

page2 | page3

特急運用の2000形。当時は「新しい電車」のイメージでしたが、今も車齢50年で現役、当時撮影の旧型車と同じ古さとなり写欲をそそります。朝陽、柳原間

昭和49年8月30日撮影

登場時は結構話題となったオリジナル4扉通勤車、モハ0系OSカー。意外に早く廃車となってしまいました。朝陽、柳原間

昭和49年8月30日撮影

トラス棒は無くなったものの車体は古めかしい200形。この場所は今でも同じようなすっきりした写真が撮れます。朝陽、柳原間

昭和49年8月30日撮影

戦後規格形の1000系。当時は最も興味が湧かないグループでした。上の写真の場所で振り返ったこの場所には付属中学が建ち、写真は撮れなくなりました。朝陽、柳原間

昭和49年8月30日撮影

トラス棒付き電車目的で屋代、須坂間メインで訪問、早朝の屋代駅で早速対面が叶いました。611号は運転席が改造されています。屋代駅

昭和51年8月2日撮影

途中駅で降りてみましたが、あまり良い場所ではありませんでした。平日の朝とあって1000形が3連でやってきました。岩野付近

昭和51年8月2日撮影

元東武のクハ451ですがせっかくのトラス棒が写っていません。東武らしい面構えは撮れました。岩野駅

昭和51年8月2日撮影

再び乗車して田んぼの広がる信濃川田で撮影しました。今朝屋代駅に止まっていた編成が戻って来ました。信濃川田、若穂間

昭和51年8月2日撮影

page2 | page3