昭和51年大学最後の夏合宿は高知で集合でした。行き掛けに未だ行ったことの無い紀伊半島を回った時に野上電鉄に立ち寄りました。ちょうど塗色が赤とクリームに変更され、富山地鉄5000形が入線した時期です。阪神の旧型車が主力で活躍する姿を記録することが出来ました。一方、国鉄紀勢本線にはDF50の客車列車も健在でした。
全て1976年8月22日撮影
2002年10月13日製作

国鉄海南で下車して、まず日方駅に行ってみました。雑然とした構内ではペンキの色も鮮やかな入線したばかりの富山地鉄旧5000形が整備を受けていました。紀勢本線は電化工事中で左端に真新しい架線柱が見えます。今は更に高架線となったようです。日方
日方の構内に留置してあったクハ100とモハ30の2連です。朝のラッシュに使用して帰庫したところでしょうか。日方
途中の交換駅北山で下車して数本の列車を撮影しました。これはモハ20形24号で元阪神500形の丸妻車体が特徴です。廃線近くの頃は製菓会社の広告塗装になっていたのは記憶に新しいところです。北山付近
同じモハ20形ですがこちらは25号で元阪神700形の車体を使用しています。三角帽子を載せたテールライトが物珍しく感じられました。北山付近
北山を発車して登山口へ向かうモハ30形32号の後ろ姿です。幕板の明かり窓で元阪神の車両と判ります。北山はご覧のように交換可能駅ですが、当時こちら側の線路はすでに使用されていなっかったと記憶しています。北山
終点の登山口に到着する上と同じ32号です。登山口と言うだけあって高原の台地のような場所だったと記憶しています。登山口付近
終点の登山口で折り返し発車を待つ前出の24号です。訪問の目的だった24号と32号が写せたし天気も良かったので充実した気分で次の有田鉄道に向かいました。登山口
登山口駅の改札口付近です。時刻表は時間のすぐ下の小さい枠が発車時分で1時間に2本の列車が確認でき、撮影効率が高い路線でした。その下の大きい枠は連絡口での国鉄上下線の連絡が表示されています。登山口