東京都大田区道塚町(現、新蒲田2丁目)で生まれた私の目に初めて映った鉄道は間違いなく東急目蒲線だと思います。満6歳になる前に他へ引っ越しましたが、その後も祖父母や叔父が住んでいたので何回か訪ねる機会がありました。大手民鉄には関心が薄い私ですが、そんな理由で東急電車は多少写しています。今は生まれた家も無くなり、目蒲線の名前もなくなってしまいました。
1970年8月18日、同12月27日、1972年3月27日、同12月30日、1975年2月16日撮影
2008年6月7日製作

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高校1年の夏休み、蒲田の祖父母宅をベースに城南地区の鉄道を訪ねた時の撮影で、東横線を走る5000系の列車です。東横線多摩川園、新丸子間

昭和45年8月18日撮影

旧型車も東横線を走っていました。TKKの文字が印象的です。東横線多摩川園、新丸子間

昭和45年8月18日撮影

同じ年の冬休み、また蒲田に行き神奈川に足を伸ばしました。梶ヶ谷の折り返し線で待機する5000系電車です。田園都市線梶ヶ谷

昭和45年12月27日撮影

6000系電車の後方に梶ヶ谷駅が見えます。当時は空地が広がっていましたが、今はこの辺りどうなっているのでしょうか。田園都市線梶ヶ谷、宮崎台間

昭和45年12月27日撮影

トンネルを出て梶ヶ谷駅に進入する3450形の編成です。私の中の東急電車はこのイメージです。田園都市線梶ヶ谷

昭和45年12月27日撮影

方向幕取付前の5000系電車前頭部です。渋谷、桜木町の方向板、急行の表示板など懐かしく感じます。新造後10数年ですが外板の痛みが見て取れます。横浜市電を写しに行った帰りの撮影です。東横線桜木町駅

昭和47年3月27日撮影

本当の地元、生まれた家から直近の沿線での撮影です。目蒲線蒲田、矢口渡間

昭和47年12月30日撮影

同じように見える旧型車も多くの形式がありました。貫通路が無いものは少数派に感じます。目蒲線蒲田、矢口渡間

昭和47年12月30日撮影

当時会員だった鉄道友の会の見学会での写真です。新車8500系の見学会でしたがこちらの方が魅力的でした。こどもの国線用3400形ですが相当痛んでいます。鷺沼検車区

昭和50年2月16日撮影