蒸機終焉に数年遅れて昭和46年以来総武本線沿線に住んでいますが、昭和50年の佐倉以遠電化まではバラエティ豊かな車両が見られました。気動車列車は別にまとめましたが、ここでは機関車(残念ながら蒸機はなし)牽引列車の様子をご覧頂きます。すべて地元での撮影ですが、この辺り雰囲気は今も余り変わらず、最近は人気の撮影地となっています。
1971年4月24日から1975年3月9日の間に撮影
2005年7月30日製作

新鶴見のEF1027の牽く下り列車。客車は大宮工場出場車の回送でしょうか。貨物の電気機関車はEF10とEF15が良く見られました。四街道、物井間

昭和46年4月24日撮影

千葉発房総東線海水浴臨時列車の佐倉客貨車区からの回送です。重連は土気の勾配に備えたものでしょうか。後方は物井駅です。四街道、物井間

昭和46年8月上旬撮影

夏休みですがいつも私が高校への通学に利用していた朝の下り列車です。手前の影は東関東自動車道の陸橋ですが当時開通していたかは覚えていません。四街道、物井間

昭和46年8月上旬撮影

夕方の成田線経由下り銚子行きで成田線列車には郵便荷物車が連結されていたため、客車は総武本線より1両少ない9両でした。四街道、物井間

昭和46年8月上旬撮影

夕方の上り列車です。当時佐倉機関区には多くのDE10形が配置されていましたが、成田発我孫子経由上野行き運用のためこのように常磐線用の無線アンテナ付きのカマもありました。四街道、物井間

昭和47年7月13日撮影

貨物が無いのか単機回送なのか不明ですが上り列車で、EF1535号は東京機関区の所属です。四街道、物井間

昭和49年12月撮影

昭和50年頃になると田端機関区のEF80形もよく見られるようになりました。雑多な貨車で編成された上り列車です。四街道、物井間

昭和47年12月撮影

成田空港工事関連と思われるセメント列車です。上りですから空荷でしょうか。複線の右側を通行しているように見えますが、ここは総武本線とまだ単線だった成田線の並行区間です。酒々井、佐倉間

昭和50年3月9日撮影